匠の逸品 職人手作りならではの上質な逸品を集めました

社長の想いが詰まった足に優しい靴下 鈴木ソックス

鈴木靴下を救った米ぬか

靴下生産量が日本一の奈良県。高品質な綿『大和木綿』の産地であり、その綿を利用した産業が発展したことが始まりと言われています。

鈴木靴下も奈良県で、現二代目社長の鈴木和夫さんの父、勇一さんが創業して58年になりました。
創業当時は珍しい子供用靴下の製造からスタートし、のちにスポーツソックスを手掛け、サッカー日本代表チームのストッキングも製造するようになりました。

しかし日本一の靴下生産地を誇っていた奈良県も、外国の安い製品に押され300社の製造会社が半分以下に。それは鈴木靴下も他人事ではありませんでした。
経営に行き詰まった鈴木社長を助けてくれたのは実家の農家にある精米した時にできる米ぬかだったのです。

社長のひらめきから失敗そして成功へ

絶えず見てきた米ぬか。精米時には常に“もったいない”という思いが社長の頭にはありました。そしてある時、小学生の頃、米ぬかを入れた袋で学校の廊下を磨いていたことを思い出すのです。
“もしかすると米ぬかを使った靴下を履けば足がすべすべになるのでは??”

そこから鈴木社長の米ぬかソックスの開発が進みます。
最初は鍋の中に米ぬかと靴下を入れて煮込んでみたりしながら失敗の連続。
どのようにしたら自分が思い描く米ぬかソックスができるのか…。
努力を重ねながら、米ぬか専門の研究者や紡績の協力をて、レーヨン素材の特性を生かした独自の新・技術製法で業界初となる米ぬか美肌成分の「練り込み」に成功したのです。

いいものを長く使って欲しい職人の想い

米ぬかには油分やビタミン、お肌に良いとされるお米特有の成分“γ-オリザノール”などがたっぷり含まれていて、お肌をしっとり保護してくれます。
米ぬかが持つ天然の美肌作用は江戸時代から知られていて、女性たちは日々のスキンケアに米ぬかを使用していました。

そんな美容に嬉しい米ぬかの成分を糸に練りこんだものが社長が開発した『米ぬか繊維SK』。
この特殊な糸を使って、まずは靴下を編む、編立という工程を行っていきます。
ここで職人の腕の見せ所。
機械と糸の調整をし、風合いのある生地を作っていくのが難しいのだとか。
また、技術もさることながら、「ものづくりの一番の基本は、現場の環境を一定に保つことでもある」と社長は語ります。
というのも、温度や湿度が微妙に違うだけで、出来あがる靴下の長さや硬さが変わってきます。それを防ぐため、年中一定の温度・湿度を保つ設備を導入しているのです。

編立が終わると、縫製をしていきます。そして1つずつ人の手で検品をしていき、最後に蒸気セットをして1足の靴下が出来上がります。
どの工程にもたくさんの職人さんの技や想いがあり、「いいものを長く」というのをモットーに日々丁寧に作り上げています。

全ての方のお肌に優しくうるおいを

お肌を優しく包み込む「米ぬかソックス」。今ではシリーズ累計30万足を突破しました。
たくさんの方に愛されている秘訣は、お肌に優しくうるおいを保ってくれること。
社長が素材にこだわり丁寧に作った米ぬかソックスは、年齢・性別問わず全ての方にオススメの靴下です。

鈴木社長の今後の目標は、「人に感動を与えられる商品づくり」を目指し、それを続けていくこと。それこそ、開発者の一番の喜びと語ります。
そんな鈴木社長の思いがたっぷり詰まったお肌に優しい米ぬかソックス、どの靴下もスッキリとしたデザインで使いやすいので是非たくさんの方にお試し頂きたいです。

株式会社 鈴木靴下
奈良

米ぬか繊維で作られた靴下「歩くぬか袋」をはじめ、さまざまな靴下を手掛ける。
「いいものを長く」を合言葉に、丁寧に靴下を作り上げ日々お客様に届けている。
住所:奈良県磯城郡三宅町小柳23-1

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熟練職人が手掛ける使うほど身体に馴染む鞄  豊岡工房

鞄のまち豊岡

兵庫県の北に位置する豊岡市。コウノトリで知られる豊岡市は、国内最大の鞄の生産地です。
豊岡の鞄のルーツは、柳細工で作られたカゴだと言われています。

その歴史は712年の「古事記」に、柳細工の技術が伝えられたと記されているほど古くから豊岡のまちでは馴染みあるものでした。
奈良時代には豊岡でつくられた「柳筥(やなぎかご)」が正倉院に上納され、また1473年の「応仁記」には、豊岡市で「九日市場」が開かれ、柳こおりが商品として盛んに売買されたと記されています。
この時期から杞柳産業が盛んになり、現在豊岡ではおよそ130社の鞄の会社があり、国内シェアナンバー1の鞄のまちになっています。

通称カバンストリートという通りには、いくつもの鞄メーカーが軒を連ね、その一角にはアルチザンという鞄職人を育成するスクールがあります。
また普段見ることがない“鞄の自動販売機”があるなど、さまざまな鞄スポットが豊岡にはあるのです。

革の個性や良さを引きだす鞄

そんなカバンのまち豊岡で、明治40年に創業し熟練の職人技を今に伝えている小田清株式会社が、企画・製作している豊岡工房。
旅行鞄、紳士向け鞄、学生鞄などさまざまな鞄の製造・販売を行いながら、二代目・小田清太郎らが地盤を固めました。
1936年ベルリンオリンピックの時は女子200m平泳ぎ金メダリスト・前畑秀子選手が小田清株式会社のトランクを使用するなど幅広い方たちに愛される鞄メーカーへと発展したのです。

現在5代目社長の小田忠之さんの元、職人さんが丹精込めて鞄を作っています。
その中でも職人歴36年の竹部 豊さん(58歳)。
鞄職人の父のもとに産まれ、自然に鞄に興味を持ちはじめます。
人に長く愛される鞄を作りたいと思う様になり、22歳で鞄職人の道に進むことに決めました。

職人歴36年、1番こだわっていることは、『鞄を作るための革の性質は1枚1枚異なるので作るのが難しいのですが、違う性質の革の個性や良さを引き出せることにやりがいを感じています。自分の納得のいく仕事が出来、その仕事をお客さんから喜んでもらえたとき職人として大変嬉しく感じるんです』と語る竹部さん。

愛される秘密は熟練職人の技

豊岡工房の鞄が愛される秘密はこうした熟練職人が手掛けているからこそ。鞄作りの技術は長い時間をかけて積み重ねながら、人から人へと受け継がれてきました。
豊富な知識とノウハウが求められる工業用ミシンを駆使し、デザインによっては、手縫いで仕上げ。パーツ作りも手作りされることが多く、いずれの工程にも熟練職人の技が欠かせません。

開閉部のファスナーは、端に隙間ができないように付けられ、また強度を出すために厚い芯材を用いるなど、熟練した職人の手仕事ならではのこだわりが生み出す逸品。
上質の牛革を使用し、柔らかく丈夫で、時を経るほどに体に馴染んで艶を増していくのです。

シンプルで使いやすく
普段使いやお出かけにも

社長の小田忠之さんは、「あっ、こんなのあったらいいな」と思っていただける商品づくりを心掛けています。
男性・女性を問わずご使用いただける形状なので、色違いをご夫婦でご使用するのもオススメです。

“鞄を使っていただく方の生活が、少しでも豊かになっていただければ…”という社長の思いがつまった豊岡工房の鞄は、見た目がシンプルでコンパクトなのにたくさん入るのが嬉しいポイント。革が身体になじんで使いやすく、大人のオシャレを一層惹きたててくれます。職人が手掛ける鞄は、普段使いやお出かけ・旅行など、あなたの日常をさらに楽しく便利にしてくれる逸品です。

小田清株式会社(豊岡工房)
兵庫

柳行李の時代を経て、鞄の製造を行って、約1世紀。兵庫県豊岡の地で、鞄の技術を磨き、身体になじんで使いやすい鞄作りをしている。
住所:兵庫県豊岡市小田井町17-1

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ふわふわ極上の大根おろし ラクにおろせる匠の逸品 新光金属株式会社

金属産地の新潟県燕市の老舗メーカー

新潟県にある越後平野のほぼ中央、新潟市と長岡市の中間に位置する燕市。
江戸時代の初期に農家の副業として始められた和釘づくりから銅器やキセル、ヤスリ、そして矢立の製造技術が伝えられ、優れた技と創造性あふれる製品が 数多く産み出された街です。
燕市で生まれた「江戸時代の匠たち」の技は、現在では金属洋食器・金属ハウスウェアに確実に生かされ、世界に認められる金属加工の産地となりました。

そんな燕市にある新光金属株式会社は、金属加工で有名な老舗メーカー。
性能や使いやすさにこだわった調理器具や生活用品の銅製品を製造して58年、海外、国内を問わず業界では超一流の評価を得ています。

職人の手仕事目立て

大根おろしがもっと美味しくなる職人の手作り純銅おろし器。
銅板から丸抜き→丸抜き材を成形→鎚目入れ→下磨き→めっき→仕上げ磨きを行い、器が完成していきます。
職人技が感じられるのが「目立て」という作業。これは職人がひとつひとつ鎚とタガネでひと目ずつ手で立ていくこと。この目立てが出来る彫金師はなんと燕市で数人だけ、こちらの新光金属には2人しかいません。

彫金歴40年の大ベテラン渡邊正義さん(63歳)。
高校卒業を機に職人の道へ。地元燕市で仕事をしたいと思っていた渡邊さんは、お父さんから手に職をつけることのアドバイスをもらい、彫金師親方へ従事、彫金師の道へ進み今に至ります。

軽い力でおろせて口あたりまろやか

この仕事の匠の技は、目の大きさや角度を考えながら刃を起こし、ひと目ひと目同じように立て続ける事が大変だとか。

職人が立てた目は一見きれいに揃って見えますが、目ひとつひとつの間隔や高さを不揃いに微調整するのが匠の技。
そうすることでおろす度にさまざまな面があたり、向きを変えることなく軽い力でおろすことができます。
またすり潰すのではなく鋭利な刃で繊維をたち切るため、口当りまろやかな大根おろしが出来るのです。

『この仕事をしていて嬉しいことは、皆さんに使って頂けることが嬉しい。大変な大根おろしもスムーズにできますので、色々な料理や食材に使用して頂けたら 嬉しいです。』と渡邊さんは語ります。

ふわふわな大根おろしをご家庭で

プロの料理人も愛用する純銅おろし器。
切れ味がよく軽い力でおろせます。
おろしながらにしてそのサイドの穴から受け皿へと流れ落ち、おろし部分を外せばそのまま食卓へ。
大根だけでなく山芋、しょうが、にんじん、タマネギ、レモンなど色々な食材が簡単におろせるのが嬉しいポイントです。

淡雪のようにふわっふわな大根おろし。
機械にはできない繊細な匠の技である純銅おろし器を、ぜひご家庭で感じて頂きたいです。

新光金属株式会社
新潟

金属加工で有名な老舗メーカー。性能と使いやすさにこだわった調理器具等の銅製品を作っている。経済産業大臣賞、グッドデザイン賞等数々の受賞経歴を持つ。
住所:新潟県燕市杣木1961-16

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究極の石鹸を作りたい 桶谷石鹸

石鹸を愛する2人の熟練職人

大阪市城東区の小さな町工場に、石鹸を愛する2人の熟練職人がいます。
二代目社長の桶谷正廣さん(67歳)と工場長の若松勇さん(79歳)。
創業66年の桶谷石鹸を古くから支える石鹸職人です。
社長の桶谷さんは小学生の時から初代社長であるお父さんの石鹸作りを手伝っており、この道45年の熟練職人。

また工場長の若松さんは、就職先が石鹸製造会社でしたが、職人の腕を上げる為、初代社長の時代に桶谷石鹸の門を叩きます。
気がつけばずっと石鹸を作り続けて、この道なんと63年!!

初代社長が亡くなってからは、ずっと二人三脚でやってきた2人の職人。
“2人でなければ…”というほど信頼関係も厚く、石鹸に対する思いも熱いのです。
桶谷石鹸はそんな2人の熟練職人によって作られています。

伝統の釜炊き製法で作る手作り石鹸

桶谷石鹸は、今ではほとんど見られない伝統の「釜炊き製法」で作られています。

牛脂とヤシ油を混ぜ合わせた油脂に苛性ソーダ―を加えて加熱することで化学反応が起き、石鹸に変化させていきます。
この時石鹸から不純物を分離させる為、高温の釜に水を投入します。
最後に水をかけた時に「ボーン」と飛ぶので火傷をする恐れもある為、釜を炊いている時は真剣勝負。
そのタイミングを表面の様子から見極めるのが職人の技なんだそうです。

“石鹸と会話をしながら、油から石鹸にするのが面白い”
気温と湿度で変わる石鹸の心を読み取りながら丁寧に作っていく。
正廣さんはお父さんから教えてもらったこの製法をずっと守り続けているのです。

環境にも人にも優しい石鹸づくり

出来上がった液状の石鹸は大きな枠に流し込みます。
これも全て手作業。
全て流し込んだら空気を抜くために混ぜていきます。
重い石鹸をこぼさないように均等に混ぜるのも職人の技。

そのあとは、およそ2日乾燥させて固めていきます。
固まった石鹸は、ピアノ線によって裁断。
こうして完成までにはなんと1週間以上かかるのです。
全ての作業を1つ1つ手作業で、技と心を惜しみなく注ぎ丹精込めて作るからこそ、環境にも人にも優しい石鹸が出来るのです。

肌にやさしく赤ちゃんから高齢者まで

肌にやさしく、ツッパリ感がない。体だけでなく、顔や髪、服まで何でも洗うことができ、赤ちゃんから高齢者の方まで愛され続ける桶谷石鹸。
自然なかたちで油分が石鹸に残るから、しっとり肌に優しく洗えるのです。

生分解性も高く、排水後の石鹸成分は約24時間で自然分解されます。
肌にも自然にもやさしい純石鹸です。
“石鹸は使ってみないと分からない!”と言う社長の言葉の裏側には2人の職人の愛の源“アイゲン”がたっぷり詰まっています。

“シンプル、自然が1番むずかしい”
今の状況に満足せず、本当にいいものを作りたい。
日々究極の石鹸を皆様にお届けできるように、今日も心を込めて丁寧に作っています。

桶谷石鹸株式会社
大阪

手作りにこだわり、伝統の釜炊き製法を守った石鹸作りをしている。
桶谷石鹸は、肌にやさしく赤ちゃんから高齢者の方まで幅広い世代に人気。
住所:大阪府大阪市城東区関目6丁目9-26

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プロの料理人から主婦の方まで愛される暮らしの道具 辻和金網

親子で守る京の金網細工

創業昭和8年。京都御所から南に延びる堺町通に、「辻和金網」は手編みの金網細工のお店として誕生しました。

初代の辻和三郎さんがはじめたこのお店は、現在は孫である3代目の辻泰宏さん(50歳)と息子である2代目の辻善夫さん(82歳)の親子が職人技を今も変わることなく守り続けています。

お店にはたくさんの暮らしの道具が並び、その横には職人のお2人が作業している姿を見ることが出来ます。
ひとつひとつ丁寧に作られているからこそ辻和金網の暮らしの道具がたくさんの方に愛されているのです。

職人歴65年の匠の技とは

3代目泰宏さんは職人歴28年。
さらに2代目の善夫さんは職人歴65年。
機械生産の波が来た時も、手作りにこだわってきたことが現在に至っても仕事を続けられている秘訣だとか。

この仕事は、手の感覚だけで均等に穴を作って編むため、目を合わせるのが大変で集中力も必要だと泰宏さんは語ります。

編み目の大きさを変えて模様を作るデザイン性の高さも人気のひとつ。
さらに“銅”と“ステンレス”の金網細工にはそれぞれ特長があります。
銅は、やわらかくてあたたかみがあり、経年変化で独特の風味が出る。
ステンレスは、かたくて丈夫なのが特長です。
ぜひお好みでお好きな方をお選びください。

手仕事を感じる暮らしの道具

辻和金網の作る暮らしの道具は、プロの料理人から主婦の方まで、さらには海外まで幅広い方に愛されています。

◆ 外はカリっと中はふんわり焼ける焼網
辻和金網の焼網には、たくさんの方が使いやすいように長方形・正方形・小サイズがあり、さらに持ち手付き、足付きなど使う人のことを考えて作られています。

外はカリッと中はふんわり、直火ならではの焼き上がり。
お魚やお野菜、お餅はもちろん、パンを焼くのに使うファンもたくさんいます。
バターがとろりと溶け、いつもよりパンが美味しくなること間違いなしです。

◆ コーヒーの旨味をしっかり抽出するドリッパー
和モダンなデザインが穏やかなブレイクタイムを演出する手編みのコーヒードリッパー。
円すい形なので注がれたお湯が中心に向かって流れ、コーヒー粉に触れる時間が長くなるためコーヒーの旨味をしっかり抽出できます。
コーヒー好きの方にはオススメの逸品です。

みなさまに使いこんでもらえるように

上質な暮らしの道具を手作業で作っている辻和金網。
“みなさまに使いこんで頂けるように、使ってもらえたら嬉しいです”と語る、泰宏さん。

機械の大量生産では決してマネできない「雅」があり、手編みひとつひとつには、そんな泰宏さんと善夫さんの思いがたくさん詰まっています。

温かみのある金網の焼網とコーヒードリッパー。
毎日の暮らしが少しでもホッとできますように。
そんな思いでたくさんの方に使って頂きたい逸品です。

辻和金網
京都

料亭のプロから一般家庭に愛される暮らしの道具を作る辻和金網。
ひとつひとつ手作りにこだわって製造・販売している。
住所:京都府京都市中京区堺町通夷川下る亀屋町175

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一枚一枚丁寧に染めることで色に深みあるストールを 染のさきら

職人こだわりの手捺染とは

Sakiraのストールは全て手作業で作られています。
職人が友禅染のひとつである手捺染(てなっせん)という方法で一枚一枚手で染めていきます。

手捺染にこだわる1番の理由は「色に深みがあるから」
他の染色方法と比べて図案のサイズや色数を気にせず自由にデザインを描くことができます。

機械で染めるより手の込んだ柄を作ることができ、それだけの手間はかかりますが「手捺染」ならではの自由なデザインがうまれます。

1型ずつ1色ずつ順番に “何度もていねいに”。
職人のこだわりにより独特の色の深みや風あいが誕生していくのです。

Sakiraのストールができるまで

「京都うまれ、京都育ち」風土水光に恵まれた自然ゆたかなこの街でSakiraのストールはうまれます。

“ていねいに、考える”…どんなストールを作ろうか染色作家さんたちと一緒に打ち合わせを重ねます。
“型をつくる”…柄の色の数だけ1色ごとに型をつくります。
“色を選ぶ”…美しいストールを作るために1型に1色ずつ最適な配色をしていきます。
“色をみる”…まずはサンプルを作ります。このサンプルを見て色の調整を行います。
“色をつくる”…専属の職人が染料と糊を混ぜあわせて粘度をもたせた色糊を作ります。
“1色ずつ何度も染める”…ピンと張った布地にヘラで色糊をのせて1型ずつ1色ずつ丁寧に染めていきます。
“蒸す”…染めた布地を蒸し釜の中で蒸して色糊を定着させます。
“水洗いする”…余分な色糊を水で十分に洗い落とします。
“整える”…シワを綺麗に伸ばしたり布地の幅を均等に整えます。
“縫う”…縫製をしてふんわりと巻き心地のよいSakiraのストールの完成

脱サラをして職人の道へ進む若手職人

Sakiraのストールを作る職人さんは7人。
ベテランの職人さんは30年同じ仕事をしています。
その中に33歳の若い職人さんがいます。
職人歴6年の森末穣さん。
東京でIT業界のお仕事から一転、脱サラをして京都へ。

元々学生時代に友禅体験をしたり、着物屋でアルバイトをしていたりと友禅業界に憧れを抱いており、“自分が本当にやりたいことをやってみよう”という思いで、職人の道を選びました。
現在は色のサンプル作りのお仕事をされています。

「上手にサンプルが出来たら楽しい」と語る森末さん。
“将来はデザインを考えて配色できるようになりたい”のが夢なんだそうです。

また社長の山田さんは「良いモノを長く作り続けるためには若手の育成が必要。
高齢化する職人の技を、若者にどんどん引き継がなければいけない」と語ります。

チームワークで作る1枚のストール

そんな若手職人からベテラン職人までいるSakiraで1番大切なことは“チームワーク”だとか。

1つ1つの工程をそれぞれの職人が請け負っているので、1つの素敵なストールを作る為には、みんなの力が必要。
それぞれがプロの仕事をして良いストールを作り上げる。
職人1人1人が使ってくれる方の顔を思い浮かべながら…。
だからこそSakiraのストールは柄がとても素敵で、綺麗なのです。

年代問わず使えるSakiraのストール。
ぜひこの美しさを身に纏って欲しいです。

染のさきら
京都

京都生まれ京都育ちの手染めストール工房。上品でキレイなデザインが特長。
熟練した職人の知恵と技術を若い職人に引き継ぎ友禅業界の盛り上げにも力を入れている。
住所:京都府京都市左京区岩倉村松町26

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どなたでもずっと大切に使って頂ける座布団を 洛中高岡屋

京都の布団加工工場として誕生

大正8年、京都を東西に走る五条通と南北に走る油小路通りの交わった所、京の都のほぼ中央部、即ち「洛中」に高岡は、京都の老舗百貨店の布団の加工工場として誕生しました。

当時、百貨店で布団は「生地を選んで布団に仕立る」という受注生産販売だったのを、今では当たり前の、製品を陳列して販売する既製品販売に切り替える役目を担った由です。

そこから布団作りをはじめて97年。
自社工房で職人による手作りの布団や座布団作りを続ける中、「おじゃみ」や「せんべい」などの、可愛くておしゃれな座布団も手掛けています。

座布団が出来上がるまで

座布団は、裁断、縫製、わた入れ、仕上げの4つの工程を経て作られていきます。

① 裁断…モノづくりの基本。職人が丁寧に切っていきます。
② 縫製…ミシン以外は全て手作業。細かい部分も手作業です。
③ わた入れ…手の感覚で平らにわたを入れていくのが職人の技。
④ 仕上げ…ふとんを丁寧に綺麗に見えるよう仕上げていきます。

全て職人が丹精込めて作っています。

伝統を引き継ぐベテラン職人

およそ12人いる職人さんの中で最もベテランな職人が馬場静夫さん(61歳)。
高校を卒業してすぐに高岡屋へ入社しました。

元々営業職だった馬場さんがわた入れ職人になったのは20年前。
当時の職人さんが引退されるのを機に、“この伝統は自分が受け継がないと!”という思いで職人へ。
営業職から職人への道を選んだ馬場さんが一番大変だったのはわたがなかなか綺麗に入らないこと。

師匠の教え通りにわた入れをしたつもりでも、色んな種類や形の座布団、敷布団、掛け布団、こたつ布団がある為なかなか角まで入らなかったりして何度も実践の日々が続きました。

座れば座るほどなじんでくる

職人としての年数を重ねることで、上達し、今では若手の職人さんも一緒に作っています。

『1つ1つ手作業でわたを布団の中に入れていくので しっかりとわたが入っていく。
どんな方にでもずっと長く大切に使って欲しいし、座布団は座れば座るほどなじんでくる。
お直しでキレイに使ってくれている座布団を見るのが
とても嬉しいんです。』と語る馬場さん。

そんな馬場さんをはじめ、素敵な職人さんがたくさんいるこの洛中高岡屋の座布団をぜひお試しください。

洛中高岡屋
京都

熟練した職人が、一枚一枚丁寧に手作りで仕立てる京座布団を作っている。
大ヒット商品せんべい座布団は年齢層問わず、お年寄りからベビー向けとしても大人気。
住所:京都市下京区五条通油小路東入ル金東横町242

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